第8回 鍼治療とエピジェネティクス (後編)
2022年09月24日
遺伝子そのものではなく、DNAやそのまわりのいろいろな化学修飾によってその働きを制御する「エピジェネティクス」は日常生活において健康を考える上で有用な知識になっています。そういったことを題材に毒性研究者や医師や教育職および福祉など多様な職種の方々で開いた「健エピのつどい」の第8回目の公開版をお送りします。
〇鍼治療とエピジェネティクス(後編)
今回は、前回に引き続き、堀谷がMy研究のススメのコラムで紹介した内容を含め、代替医療に位置づけられる鍼治療についてのエピジェネティックな観点からのお話をしました。
1.エピジェネティクスを用いた検証つづき
鬱・ストレスの治療効果(Jun Zhao,2019より)
ラットを用いた実験で、以下のようなストレスを与えた3群(各6匹)
CUMS:施療を行わない群
Flu:抗うつ剤を投与した群、
EA: 鍼治療を施療した群
ストレス刺激:(A)4℃の水中で5分間の強制水泳、(B)24時間の絶食、絶水
(C)24時間の倒立(D)3 分間の尾部固定とクリップ、
(E)ケージ傾斜 24 時間、(F)湿潤環境 24 時間、
(G)固定 3 時間
(A)~(G)組み合わせ含め繰り返し、ストレス刺激の順序を1週間ごとにランダムに変更4週間のストレスを与えた。
対照としてストレスを与えない群をとって鬱行動、ストレス反応を調べたところ、
ストレス刺激を与えた動物は以下のうつ状態を示しました。
・糖分の取り込み減少
・移動・探索行動減少
・エピジェネティックに制御されているセロトニントランスポーターの増加
→ 図のように、鍼治療を施した動物(EA)は抗うつ剤を与えた動物(Flu)よりも
状態が回復することがわかりました。
2. 動物の鍼治療
食肉や乳への移行を考えると産業動物には薬物を用いないことが望ましい。しかし、基本的に獣医治療などでは薬物を使用することが多い。ここで鍼麻酔や鍼治療を行うことができればコスト的にも食品安全性からも有益だと考えられます。
中国では以下のように大動物にも鍼麻酔で診断、施術例があります。
(木 全 春 生 「獣 医 ハ リ 麻 酔 の す す め 」(1975)より)
一方、ペット動物を中心とした全国で1万6千の動物病院のうち東洋医学を扱うのは200位です。その場合、獣医師資格のほかに専門の講習200時間が必要となっているようです。日本では獣医学分野の鍼治療に関する文献は極めて少なくなっています。
これは、おとなしくしてくれる人よりもさらに施術がむつかしいことがあると思いますが、獣医学分野の鍼治療は人への治療とともに注目すべき課題だと思います。
3.鍼治療の今後と展望
鍼治療などについては認知度、信頼度から言うと以下のように度日本や海外でも一定程度あることはうかがえます。
・日本の受療率 年間6% 生涯26% 韓国 年間8%
台湾 生涯12% オーストラリア 年間2%
英国 年間1.6% 米国1.1% フランス 生涯21%
また、日本の大学病院で鍼治療を扱っているのは
鍼灸治療を行っている大学病院
- 東京大学付属病院 麻酔科・痛みセンター
- 東北大学病院 鍼灸外来
- 千葉大学医学部付属病院 神経内科
- 大阪大学生体機能補完医学講座 補完医療外来
- 筑波技術大学 東西医学統合医療センター
- 三重大学医学部附属病院 麻酔科(統合医療・鍼灸外来)
- 岐阜大学医学部付属病院 東洋医学外来
- 京都府立医科大学付属病院 麻酔科
- 慶應大学医学部 漢方医学センター
- 日本医科大学付属病院 東洋医学科
- 自治医科大学附属病院 麻酔科
- 東京慈恵会医科大学付属病院 ペインクリニック
- 東京女子医大 東洋医学研究所クリニック
- 東海大学医学部付属病院 東洋医学科
- 東邦大学医療センター大橋病院 漢方外来
- 埼玉医科大学病院 東洋医学科
- 北里大学 東洋医学総合研究所 漢方鍼灸治療センター
- 大阪医科大学麻酔科教室
- 近畿大学付属病院 東洋医学研究所附属診療所(漢方診療科)
- 明治国際医療大学附属病院
- 福岡大学病院 東洋医学診療部
などとなっています。
しかし、これをこれからもう一段普及させていくには、まず科学的エビデンスの積み上げが必要であると考えられますが、日本では1990年代以降論文等少なくなっています。その原因はおそらく西洋医学を中心とした「近代的」な医療や薬の開発にすぐ応用できるところに研究者の目が行ってしまうからだと思われます。ヒトでのエピジェネティクス含めた検証は前回も触れたように心理面含め科学的アプローチのむつかしさがあるので、まず獣医学分野も含め実験動物での検証を進めることがよいと考えられます。そのうえで、人への施療効果を実証していく必要があると思います。今はまだ、マイナーな分野ですが、鍼治療のエピジェネティクス研究はそこから全く新しい治療法や新薬につながる可能性があると私は考えています。
質問1:鍼治療では、内臓のツボが足や手など離れたところにあったりするが、どうしてそんなことがおこるのか?
答え:おそらくは、セロトニンやオキシトシンなどの分泌を促す神経に刺激を与えるところがツボになっているからではないかと思うが、ほとんど解剖学的にも解明はされていないのが現状のようだ。
質問2:海外の鍼治療の文献の発表状況は?
答え:中国、韓国などから新しい文献が発表されている。
質問3:ASDなどの鍼治療例はあるのか?また、あるとすればその理論はどういうことなのか?
答え:前前回にあったように例えばオキシトシンはASDなどの治療効果があるとされており、皮膚刺激でその分泌が促されることが分かっている。その延長線上(特によく分泌効果のあるツボがあるなど)に鍼治療があるのではないか。文献ではASDの治療例もある。
次回にでも紹介できたらしたい。
以上