第7回 「健エピのつどい」だより 2022.7.30

2022年08月26日

 遺伝子そのものではなく、DNAやそのまわりのいろいろな化学修飾によってその働きを制御する「エピジェネティクス」は日常生活において健康を考える上で有用な知識になっています。そういったことを題材に毒性研究者や医師や教育職および福祉など多様な職種の方々で開いた「健エピのつどい」の第7回目の公開版をお送りします。

鍼治療とエピジェネティクス(前編)

 今回は、堀谷がMy研究のススメのコラムで紹介した内容を含め、代替医療に位置づけられる鍼治療をエピジェネティックな観点からとらえて原理や有効性を明らかにしていくことを目的として話題提供しました。

1.鍼治療とは?  (東洋医学のすべてがわかる本(平馬直樹監修(ナツメ社)より)

鍼治療は、施術者が体の特定のポイントを刺激する技術で、ほとんどの場合、皮膚から細い針を挿入する。

経絡:身体の内(五臓六腑)、外(頭、体幹、四肢、体表)とをつなげる気と血の通り道

気と血は経絡を通って、臓腑、組織、筋肉、皮膚などを循環し、栄養を与え機能を調節している。

その循環が正常に働かなくなった場合に、各臓器に変調が起き、その異常はつながっている皮膚などにも表れる。

経絡の要所にあるのが経穴(ツボ)であり、それを鍼で刺激することで治療を行う。

 

 

 

 

 

 

2.鍼治療の原理と効果

鍼治療の効果としてWHOなどから正式に認められているものとしては、

・腰痛・首の痛み・変形性関節症・膝の痛みなどの慢性的になりがちな痛みを和らげる・緊張型頭痛の頻度を減らし、片頭痛を予防することなどがあげられます。

鍼治療効果の治験データ(NCCIH HPAcupuncture: In Depthより)

・腰痛:2008年に行われた腰痛に対する鍼治療に関する研究の調査

    #鍼治療を通常のケアと組み合わせると通常のケアだけよりも効果がある

    #腰痛患者における実際の鍼治療とシミュレーション鍼治療の効果に差がない

  2010年米国医療研究・品質保証機構治験:鍼治療は治療直後に腰痛を緩和、長期的には緩和しない

  2012年に行われた鍼治療の研究参加者のデータの分析では、腰痛と首の痛みを一緒に調べ、実際の鍼治療が鍼治療なし、模擬鍼治療よりも有用

・首痛:2009年の分析では、実際の鍼治療は模擬鍼治療よりも首の痛みに有効

  14,000人以上が参加したドイツの大規模な研究では、参加者が鍼治療を受けなかった人に比べて、より大きな痛みの緩和を報告したことを発見。

 ・変形性膝関節症/膝の痛み:2010年に行われた変形性膝関節症や股関節症に対する鍼治療の研究の調査では、実際の鍼治療は模擬鍼治療や鍼治療を行わない場合よりも変形性関節症の痛みに有用。しかし、実際の鍼治療と模擬鍼治療の差は非常に小さく、鍼治療と鍼治療を行わない場合の差は大きかった。

  2014年のオーストラリアの臨床研究では、鍼とレーザー鍼は、無治療よりも変形性関節症による膝の痛みを和らげるのにやや優れていたが、模擬(偽)レーザー鍼よりは優れていないことが示された。

 ・頭痛:2008年の研究報告の調査結果では、緊張型頭痛の強さと1ヶ月の頭痛日数の減少において、実際の鍼治療はシミュレーション鍼治療よりも非常にわずかな利点があることを示唆。

  2009年の研究調査では、模擬鍼治療や鎮痛剤と比較して、実際の鍼治療は緊張型頭痛の人に有効であると結論

  2012年に行われた鍼灸研究のデータの分析では、片頭痛と緊張性頭痛について実際の鍼治療は、頭痛の頻度や重症度を減らす上で、鍼治療なしまたは模擬鍼治よりも効果的であることが示された。

これらをまとめると

慢性的な痛みに対する鍼治療効果は有効であるが、模擬治療との差は小さいか不明瞭

即ち 鍼治療の効果「治療を受けている」という精神的な要因(プラセボ効果)が大きいということになります。

 鍼治療のその他の疾患に対する効果としての報告は がんに伴う一部の症状、うつなどがあるが試験そのものの条件(施術部位、回数、頻度など)も異なり、評価は難しいと考えられます。

WHO(世界保健機構)は、図2のように14の主要な経絡に位置する361の古典的なツボの命名法を提案しており、神経解剖学では、少なくともいくつかの経穴の存在をサポートしていますが、鍼治療の効果の生物学的根拠を確立することは現状では困難といえます。

 

 

 

 

 

 

 

 

図2 頭部の経穴(A proposed of standard international acupuncture              

 nomenclature (WHO1991) より)

 

 

 

 

 

3.エピジェネティクスを用いた検証  (Pain. 2021 Feb; 162(2): 514–530.より)

 エピジェネティクスとは、遺伝子の修飾によりその発現を制御する仕組みであり、DNAのメチル化もその一つです。様々な研究により、鍼治療がDNAメチル化に影響を与えることが示されています。鍼治療は生殖機能を改善し、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)を患うラットの海馬におけるDNAメチル化を減少させること、PCOSに悩む女性の脂肪組織において、エピジェネティックな変化や転写の変化を誘発することが報告されています。同様に、鍼治療は、DNAメチル化の変化が海馬の脳由来神経栄養因子(BDNF)mRNAレベルと血清中のタンパク質レベルを増加させるのと並行して、ラットの抑うつ様行動を減少させた (Jang , 2018)との報告があります。

すなわち、2.で見ていた人の場合の精神的効果以上のものが動物(精神的効果は事実上無視できる)を使った実験でエピジェネティクスの制御を通して発現されている可能性が示されたことになります。図3に示すように、馬や牛、犬やラットなどにおいても経穴は知られていて、それを用いての実験例を紹介します。

図4:疼痛手術を施したマウスの経穴(ツボ)鍼治療効果 

 

図5:疼痛手術を施したマウスに鍼治療を施した場合の脳のエピジェネティックな変化

 図4は、マウスの脚の神経を縛って少しの刺激でも痛みを感じる「P:疼痛手術を施した」マウスに「A:ツボに鍼治療を施術した」ものと「nA:非ツボに鍼を打ったもの」、「D:鎮痛剤を与えたもの」がアセトンをかけるという冷刺激にどれくらい痛みを感じているかを調べた(縛らないで「C:疼痛を起こさない手術したもの」が対照)ものです。それによるとツボに鍼治療を施術したものは鎮痛剤と同じ効果があり、図5のように痛みの感覚に関する前頭前野、海馬のDNAメチル化が痛みを和らげる方向に変化していることが分かりました。

このように鎮痛に関してはエピジェネティックの解析では確かに経穴というものは存在し、そこへの鍼治療が有効であることが分かりつつあります。

 

質問1:経絡を流れる血と気とは何か?

答え:あくまでも東洋医学の概念であり、西洋医学の概念と1対1に対応するわけではないが、血は血液、気は神経に近いと考えられる。ただし、それぞれほかのホルモンや伝達物質など生体因子を含めた概念ととらえた方がよいと思う。

質問2:神経を鍼で刺激するなどとても危険ではないか?

答え:鍼で刺激するのは、血や気の流れが悪くなって皮膚近くにその影響が現れる経穴(ツボ)であるので神経を直接鍼で刺しているわけではない。ただし、経穴は解剖学的にまだ解明されていない。

コメント1:治療にとってプラセボ効果というのは非常に重要だと考える。多くの薬でもそうであるように、鍼治療もプラセボ(偽薬・偽治療)効果が大きいと思う。

コメント2:人の場合はやはり治療を受ける人の心理的な要素は非常に大きいので本当の鍼治療の効果を見極めるのは難しいが動物を用いた実験ではほとんどそれが無視できるのでその検証がすすんでいるようだ。

コメント3:動物の治療でも鍼麻酔はすでに一部で行われている。副作用があるので薬をできるだけ使わない治療というのはこれから増えていくと思う。

質問3:鍼治療の効果が検証されているのは鎮痛以外に何かあるか?

答え:一部のがんや循環器疾患、精神疾患などの効果についても調べられている。まだ十分な結果は出ていないが、痛みを抑えるということはがんなどいろいろな疾患に対しても効果的に働くのではないか?

 

                                  以上

 

次回は、鍼治療とエピジェネティクス(後編)の予定です。

 

    (文責 堀谷幸治)

 

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