第3回 ドーパミン・オキシトシンのエピジェネティクス(続き)

2022年05月02日

第3回「健エピのつどい」だより 2022.3.26

遺伝子そのものではなく、DNAやそのまわりのいろいろな化学修飾によってその働きを制御する「エピジェネティクス」は日常生活において健康を考える上で有用な知識になっています。そういったことを題材に生物学研究者や医師に教育職や心理職など多様な職種の方々で開いた「健エピのつどい」の第3回目の公開版をお送りします。

〇ドーパミン、オキシトシンのエピジェネティクス(続き)

 今回は、今話題になっている脳内ホルモン(物質)、ドーパミンとオキシトシンについてエピジェネティクスがどのように働いているかを堀谷が紹介した前回の続きです。

1.オキシトシンの多彩な役割 

オキシトシンは下垂体というところから分泌されるホルモンで子宮筋の収縮作用による分娩の促進および出産後の授乳時の射乳反射を惹起することが 20 世紀初頭には知られていました。しかし、2000年代に入って、分子生物学的研究の進展とともにオキシトシンには実に多彩な作用があることが分かってきました。中でも、中枢神経への作用で、男女間、夫婦間、父母子間の絆形成に非常に重要なホルモンであることが注目されています(1)。

(公益財団法人山口内分泌疾患研究振興財団 内分泌に関する最新情報 2015 年 8 月より)

2.オキシトシンのASD(自閉症スペクトラム障害)への臨床応用研究

経鼻的に投与すると人への信頼感が増す (Kosfeld M et al. ,2005)ことが報告されてから、臨床において、特に自閉症との関連が盛んに研究されてきました。

しかし、投与の量や回数を増やしたその後の実験では、有望な治療薬であることを示す結果は再現することはできませんでした。それでも、遺伝子操作をした動物を使った実験でオキシトシンの欠損と関連する自閉症サブタイプが存在することやプレーリードッグのつがい形成強化に関連して低用量単回での効果に対し、高用量では逆効果となること、さらには、負の側面として、身内以外の外部への攻撃性が増すことが懸念されるなど、臨床応用にはさらなる研究が必要ではあるものの、ASDをはじめとした精神・神経疾患へのトランスレーショナルメディシン・治療薬としての期待(Young, 2015, Meyer-Lindenberg A.,2011)があります(2)。

3.スキンシップとオキシトシン

オキシトシンは快適な触覚刺激が脳に伝わることでも分泌が促進されます(2)。

 子育てのいろいろな本にもスキンシップの大切さが説かれているのはこのことが関連していると思われます。これは、ASDなどの治療にも応用できることで、2で見てきたように薬物療法としてのオキシトシンには、耐性や量的コントロールの問題がありますが、内部の生理的な分泌を促進させることには副作用は少ないと考えられます。

  このコロナ禍でなかなかハグなどのスキンシップがとりにくい環境にありますが、驚いたことに、セルフハグやセルフタッチなど自分で皮膚に刺激を与えることでも同様の効果が得られることが報告されています(M.Junker,2021)。

 自分で自分を労わるように体に刺激を与えることでいろいろなストレスから心やからだを守ることができるようです。

 

コメント1.自閉症も含めた障害者施設としては、毎日の生活で言葉のかけ方やボードを使った見える化などいろいろ工夫をしていくことで対応している。

薬物治療としてのオキシトシンのことは現状ではあまり考えていないが、研究が進んでいくことには期待したい。

コメント2.ここではエピジェネティクスとの関連が直接は出てこないが、前回見てきたように環境がオキシトシンの分泌に影響を与えることはやはりエピジェネティクスの制御があると考えてよいと思います。またオキシトシンの投与量と効果が一筋縄ではいかない理由の一つはドーパミンと同じように、オキシトシンの分泌とオキシトシン受容体、さらにはトランスポーターの存在もあるのかもしれません。

コメント3。 今のウクライナの状況などでは、もしかしたらオキシトシンが愛国心を掻き立て、戦争を激化させることになるかとも思うが、そうではなく、両国の首脳がハグするようにできれば、何とか戦争を終結させることができると思う。

参考文献

 1.公益財団法人山口内分泌疾患研究振興財団 内分泌に関する最新情報 2015 年 8 月

 2.The hard science of oxytocin, Helen Shen, Nature Japan Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 9 News      Feature(2015)

 3.「皮膚感覚と脳」山口 創 桜美林大学,日本東洋医学系物理療法学会誌 第 42 巻 2 号(2017)

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