第6回「健エピのつどい」だより 2022.6.25

2022年07月29日

遺伝子そのものではなく、DNAやそのまわりのいろいろな化学修飾によってその働きを制御する「エピジェネティクス」は日常生活において健康を考える上で有用な知識になっています。そういったことを題材に毒性研究者や医師や教育職および福祉など多様な職種の方々で開いた「健エピのつどい」の第6回目の公開版をお送りします。

カネミ油症と継世代エピジェネティック遺伝(TEI)

 今回は、澁谷代表代行が、講師として参加した市民講座をきっかけに現在最も力を入れて取り組んでいる「カネミ油症」の次世代影響について継世代エピジェネティック遺伝(TEI)

の観点から解説をしてもらいました。

1961より、カネミ倉庫(株)で米ぬか油製造中に脱臭装置中の熱媒体として使われていたポリ塩化ビフェニル(PCB)(ポリ塩化ジベンゾフラン類(PCDF))が混入し、これを摂取した約1万人以上に皮膚・内蔵・頭髪などに異常症状が認められた。これは日本における最大の「食品公害」であり、「カネミ油症」と呼ばれている。その経過は以下の通りです。

カネミ油症事件経過

•        カネミ倉庫で製造中の「米ぬか油」に脱臭装置のPCBが混入(1961)

•        カネミ倉庫の「ダーク油」配合飼料の西日本での鶏の大量死(1968 )

•        九州各地で奇病が発生。「カネミライスオイル」が原因と判明(1968)

•        九州大学油症研究班が原因はPCBであることを発表(1968 )

•        症状として皮膚、内臓に加えて頭髪が抜けるという症状発見(1969)

•        被害者が国とカネミ倉庫を提訴(1970)

•        PCB使用の原則的禁止(通産省)(1972)

•        「化審法」成立とPCBの特定化学物質指定(1973)

•        被害者団体が鐘化、カネミ倉庫に勝訴 (1978)

•        最高裁の和解勧告について原告側と鐘化双方が和解 (1987)

•        油症の認定基準にDioxin類PCDFの血中濃度の追加決定 (2004)

•        次世代健康調査の中間報告(2022)

2.次世代健康調査の中間報告とその問題点

カネミ油症の患者を親に持つ第2世代およびその子供の第3世代においても油症と同様な症状が認められ、厚労省の全国油症治療研究班(九州大学病院ダイオキシン研究診療センター・辻学班長)では油症第2・第3世代の健康調査中間報告を発表しました(2022 /2/09)。調査数は400人程度であり、それには66名の3世も含まれています。患者らの主訴をまとめると、当該世代と同様の諸症状と先天性疾患が比較的高頻度に認められています。しかし、油症との関連を客観的に示すデータはPCDF等の血中濃度しかなく、胎児期の経胎盤暴露・母乳からの摂取以外の第2、第3世代では低濃度と予想されることから、第1世代とは別のメカニズムとその指標となるものが必要と考えられます。

 

全国油症治療研究班次世代健康調査の中間報告(2022/02/09)より

3.油症と継世代エピジェネティクス遺伝(Transgenerational Epigenetic Inheritance; TEI)

 近年、各種実験動物で内分泌かく乱化学物質(EDCs)の殆どにおいて、ある世代が何らの環境因子によって処理されると、その後無処理個体との交配後に、その因子に暴露されていない世代においても、何らかの毒性事象が認められるという、「継世代エピジェネティクス遺伝:Transgenerational Epigenetic Inheritance; TEI」という現象が認められつつあり、「カネミ油症」もこの観点から検討する必要があるものと考えられます。ちなみに文献的には、PCDFなどDioxin類はネズミによる実験において、TEIの誘発が確認されています。今後「カネミ油症」に関する解明において、TEIの観点から、患者さんにおける詳細な解析、動物実験などを実施する必要があるものと考えております。

 

質問1.第2世代では、母親側(特に妊娠,哺育期かそれ以外か)、父親側からかで大きく変わってくるが、調査はその区別などがあるのか?

答え: 今回の調査では認定・非認定、母親経由・父親経由(あるいは両方)など区別はなく合算されており、解析するうえでは問題となると思う。

質問2.血液成分分析から症状と関連するエピジェネティックな指標を見つけることは可能か?

答え:これまでに一部の精神疾患などのエピジェネティックな指標は血液で分析可能。

コメント1.PCDFなどの血中濃度の測定は、本当にTEI現象かどうかの検証データとしての意味はある。

質問3.アスベストなどにもTEIなどの可能性はあるか?

答え:アスベストによる発がんなどは潜伏期間が長く次世代影響の動物実験もむつかしい。TEIの報告はまだないと思う。

以上

次回は、鍼灸などとエピジェネティクスについて取り上げる予定です。

 

    (文責 堀谷幸治)

第6回「健エピのつどい」だより 2022.6.25」 に2件のコメント

  1. C. Tsuru より:

    毒性研究、薬害について調べていたらこちらの記事に辿り着きました。
    現在、一般市場に出回っている除草剤、グリサホートについては、どのようなご見解でしょうか。
    ある講座で大変、危険な薬剤であること、欧米ではすでに廃止になっているというお話を聞いて驚いています。
    カネミ油症のように次世代までに渡る健康被害など心配です。症状の解消は可能なのでしょうか。
    よろしくご教示ください。

    • 堀谷 幸治 より:

      C.Tsuru 様、

      ご質問ありがとうございます。回答遅くなり申し訳ありません。グリホサートは、黒田ー木村 純子先生の論説 (科学;2019年)にもあるように、次世代影響さらには継世代エピジェネティック遺伝(TEI)が動物実験で報告されており、カネミ油症と同様な懸念があると考えて以前より注視しています。
      ただし、現状では欧米も廃止ということではなく、部分的規制(農耕地での使用など)あるいは規制強化というのが実情のようです。もちろん全面使用禁止を求める動きは一部の国や州など各地で起きています。このことは、グリホサートは安くて安全ということから世界一使用されている農薬(非農耕地も含む)であるので、農産物生産者側では根強い支持があり、毒性についての証拠がまだ十分でないことがあると思います。しかし、ここ10年でグリホサート類の危険性に関しては非常に多くの報告があり、環境や次世代影響まで考慮しての規制が必要となると思います。
       症状の解消ということでは、エピジェネティックな異常が原因とすれば、時間はかかるかもしれませんが、療育・食生活などで、解消まではいかなくとも改善はみこめるのではないかと思います。

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