スタッフ紹介

Staff

久保田健夫(代表)(設立時、現顧問)

 高校まで東京で過ごし、大学で北海道に行きました。校風と悪友のおかげでのびのびと過ごしました。
 卒業後東京に戻り、新生児医療に従事。なかなか後輩が入らずいつも使い走りでした。治らない子どもを治したいと思い、当時始まった遺伝子治療を学びたくてアメリカに行きたいと母校出身の先生に相談したら、まず私のところで勉強してからにしなさいと諭され長崎に行きました。そこをたまたま訪問したアメリカ人と縁があり、その人の研究室に留学しました。その後、ヒューストン、ワシントン、シカゴと一緒に移動しました。結局4年もいました。鳴かず飛ばずの4年で終わると思っていたら、起死回生の一発があり、世界最初のエピジェネティック診断法の開発で最高点数の科学雑誌に論文が掲載されました。
帰国後、遺伝学から環境遺伝学(環境がDNAを変えその上の遺伝子の働きに変化をもたらす)に興味がシフトしました。
 今は、子育てや保育の仕方の良否の後天的な遺伝子への影響を調べ、より良い子育てや保育法を提案できたらと思っています。この活動を通じて、子育てや保育、教育、療育を科学的に考えてみたいという方に出会えたらと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。


澁谷 徹(代表代行・副代表 環境エピジェネティクス研究所所長)

 名古屋に生まれました。大学時代は関西の山奥の「丹波篠山」に4年間、閉じ込められておりました。大学院で名古屋に戻り「ニワトリCp遺伝子の発生遺伝学」をテーマに5年以上を費やしておりました。
 卒業後は30年間一貫して、厚生省関連の財団法人において「食品・薬品・化学物質の遺伝毒性」の試験・研究に従事いたしました。この研究中、化学変異原(化学物質)がオスマウスの始原生殖細胞(発生初期に出現する生殖細胞の基)に突然変異を誘発することを世界で初めて見出しました。この時に調べたマウスの子孫は約10万匹で、これはおそらく日本記録だと思っています。
 その後定年となり、アメリカの研究グループが「農薬(Vinclozolin)にエピジェネティクス変化とそれが世代を超えて子孫に伝わる」という研究成果を発表した論文(Skinner(2005))を読んで、大きな衝撃を受けました。そして自らが「環境エピジェネティクスの伝道者」になることを決意いたしました。以後15年間、一貫して環境エピジェネティクス、特に「エピジェネティックな継世代遺伝」について関心を持ち続けています。
 顧みると私の研究の旅は「GeneticsからEpigenetics」への彷徨の旅でした。そして今でもその旅を続けています。一緒にこの旅をしてくださる方、健康に関心がありこの散歩に付き合ってくださる方を探しています。どうぞよろしくお願いいたします。


堀谷幸治(事務局担当・環境エピジェネティクス研究所

 子供のときから、落ち着きがなく、忘れ物が多く小4のときには反省文を200枚以上書きました。また、畜産獣医系大学の研究室では、実験器具を壊してしまったり、助教授の実験を台無しにする「吸引ポンプの蛇口とめ」をして、危険人物となっていました。
 化学会社等の会社員なってからも(数々の)イエローカード、レッドカードの連続で、この年となってしまいましたが、不思議と自分の幸運を感じる事が多くありました。この健エピネットに参加させていただけるのはその最たるものと思います。将棋の羽生九段(永世7冠)の「毎日1時間ずつ何かを10年やればひとかどの事が出来る」という言葉に惹かれて週末はクマムシ観察などを15年以上続けています。
 エピジェネティクスとの出会いは、会社員時代に研修を指導して頂いた澁谷さんが研究所を退職され、立ち上げようとしていた研究会のお誘いを受けたときです。その時、初めて「エピジェネティクス」という言葉を知りました。よくよく調べていったら、学生時代から会社員時代に興味を持っていたX染色体不活性化や発がんのプローモションというものと深くかかわっていることが分かって、ますますのめりこみ現在に至っています。
 研究職ではない方も職場や家庭の身近な疑問や不思議を「夏休みの自由研究」として調べてみませんか?もしかしたら大変なお宝が眠っているかもしれません。私はそんなMy研究の楽しさを感じてもらえるように、そして私自身も皆さんから楽しい発見を教えていただきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。


林 和彦(顧問)

 名古屋市に生まれました。早稲田大学法学部・同大学院で労働法を専攻しました。その後、旧労働省の外郭団体で外国労働問題の調査・分析の仕事をした後、日本大学法学部・法科大学院教授を務めてきました。同大学在職中は「労働市場の規制緩和」を研究し、そのためケンブリッジ大学(ウルフソン・カレッジ)、ビクトリア大学(ウェリントン)、カリフォルニア大学(バークレイ)の各客員研究員としてそれぞれの国の「労働市場の規制緩和」政策の調査研究を進め、現在も細々と続けています。
 平成26年、日本大学定年退職時に、弁護士登録をするとともに、若い頃より40年以上にわたって全国社会福祉協議会の実施する研修事業の講師(労務管理・労働法担当)を務めてきたことを背景に、NPO法人「ひかり福祉会」を設立し、障害者施設「みどり園」(生活介護、就労継続支援B型)を開設し、その代表理事となりました。
 杉山登志郎先生が書かれた書籍を読み、近年、自閉スペクトラム症などの発達障害の原因や治療に関わるエピジェネティクスの研究が「ものすごい勢いで革新されている」ことを知りました(講談社現代新書「発達障害のいま」(2015)36ページ)。
 このことは、発達障害者の自立支援に従事している私たち障害者施設にとって将来を照らしてくれる明るい希望であり、支援活動の支えになっています。
 その意味から、健康ネピジェネティックネットワークの活動と発展に大きな期待を寄せています。どうぞよろしくお願いいたします。


丹羽雅之(研究主幹)

 大学を卒業後、東京都の公立学校教員として40年間6校で勤務しました。その間、カウンセリングの知識や技術を学ぶために大学院教育学研究科 学校教育専攻 「学校カウンセリング」研修生として1年間研修に励みました。南カルフォルニア大学 ジェロントロジー学部 ジェロントロジー学科ではコロナの問題で何年もかかりましたが加齢発達学を学び、南カルフォルニア大学(スカイキャンパス)の教育課程を修了しました。また、ライプチヒ大学 スポーツ科学部(一般動作学)で「スポーツ運動学」を学び、公認 コオーディネーショントレーナーの資格を取得しました。退職後は東京都公立学校 特別支援教室 専門員として働きました。今は、不登校の生徒のための校内別室推進事業 学校支援員として学校に行っています。エピジェネティクスとの出会いは、顧問の久保田先生(聖徳大学)の論文(子どもの脳の発達に関するエピジェネティクス研究)に強い興味・関心を持ち、この研究ネットワークに参加しています。45年の教育現場での経験を踏まえて保育、教育、子育てを科学的に追及していきたいと考えています。