第13回 「エピジェネティック毒性学入門 補遺」
2023年02月25日
遺伝子そのものではなく、DNAやそのまわりのいろいろな化学修飾によってその働きを制御する「エピジェネティクス」は日常生活において健康を考える上で有用な知識になっています。そういったことを題材に毒性研究者や医師や教育職および福祉など多様な職種の方々で開いた「健エピのつどい」の第14 回目の公開版をお送りします。今回は、前回の澁谷代表代行による「エピジェネティック毒性学入門」補遺でした。
〇エピジェネティック毒性学入門-補遺 澁谷 徹
環境エピジェネティクス による継世代影響
Transgenerational Epigenetic Inheritance :TEI
ある環境因子を処理して、無処理個体との連続交配後、その因子に暴露されていない世代
以降においても、何らかの毒性兆候が認められる現象(Skinner, 2012)。
下記 妊娠雌の場合F3(上)それ以外の場合F2(下)以降が環境エピジェネティック継世代影響
Skinner,2010 一部改変
Vinclozolin とMethoxychlorにおいて最初に発見された(Skinner et al., Science, 2005)
生殖細胞のエピジェネティック修飾が世代を超えて伝達されることによって誘発される。
この現象はこれまでの生物学・毒性学の常識を覆す新しい概念であり、毒性学における
“Paradigm shift” である
動物実験での化学物質の投与は、胎児期の始原生殖細胞期投与が主である。この時期はエ
ピジェネティック修飾が起きやすい時期であるものと考えられる。
ヒトでのTEIの可能性が疑われる事例
「オランダの飢餓の冬」 (極端な低栄養状態)を、胎児期に経験した母親からの子供(孫:F2)に肥満および糖尿病リスクの増加がみられた(Kerkhof, G. F, 2012)
・スウェーデンのエベルカーリクス地域のデータ(The historical transgenerational studies from Överkalix, Northern Sweden)では、孫の寿命は、思春期前の父方の祖父の食事の質と相関することが示された(Pembrey, M., 2014)
- 新生児エピジェネティクス研究コホートに関する研究:父親が肥満の場合、いくつかの刷り込み遺伝子解析でDNAメチル化の変化に有意差が見られた(Serovian, V., 2013)
- このデータは、父方の食事(または運動不足)が精子を介して、子孫に有害な影響を及ぼしたことを示唆している(Soubry, A., 2013)。
- さまざまな化学工場での爆発事故(イタリア・インド・中国など)の例
- ベトナムにおける「枯葉剤(主成分はダイオキシン)作戦」のベトナム人および米軍帰還兵(特に男性)におけるアメリカでの子孫への影響。
カネミ油症」でTEIが確認されることの意義
「カネミ油症」の世代間問題は、原因物質であるPCDFsによるTEIである可能性が考えられる。
内分泌かく乱物質のほとんどすべてが、動物実験によってTEI を誘発することが報告されている(M. K. Skinner et al.その他の研究者による, 2005-現在)
これらの影響が加算され、人の未来世代に影響を与える可能性がないだろうか?
- 「カネミ油症」は人類にとって大きな「負の遺産」であり、この「世代間問題」が科学的に解明されることの意義は非常に大きい。
- これは環境因子による、エピジェネティクスの過剰反応の例である。
- 「カネミ油症」でTEIが確認されても、それが未来永劫に世代間で伝達されることはないものと考えられる。Vs 突然変異
- 「カネミ油症」におけるTEIの世代間伝達の解明は、科学的に大変重要な結果となり、その結果は必ずや患者各位の治療および福祉の向上につながるものと考えられる。
- 動物実験でTEI作用が確認されているEDCsは多数存在しており、これらが合算されて、人集団の未来世代にTEI作用を示すことが危惧されている。
この問題は今後疫学の面から、厳密な定量的なリスク解析が必要である
「カネミ油症」におけるポリ塩化ジベンゾフラン (PCDFs)の継世代エピジェネティック遺伝(TEI)の想定図
質問1:胎児期の栄養状態などの影響が成人になってから疾病や健康状態に現れるというDOHaD説とTEIの違いは?
回答 :DOHaDは体細胞でTEIは生殖細胞で起こると考えられる。正確には胎児期はもうすでに孫世代の細胞が体にできているので孫世代に影響が出ていてもTEIということはいえない。ひ孫まで影響を見る必要がある。
質問2:環境ホルモンとしてはグリホセート(ラウンドアップ)の方が問題では?規制をすべきでは?
回答;動物実験などでTEIの証拠が得られているが人でどうかはわからない。また、日本では非農耕地での使用に限られるので、土壌や水系からの環境暴露となる。単剤としての暴露量は安全だとしてもほかの環境ホルモン物質との相加や相乗効果も考慮して検証していく必要がある。
以上 2023.1.28