第14回 長寿薬?メトホルミン
2023年03月08日
遺伝子そのものではなく、DNAやそのまわりのいろいろな化学修飾によってその働きを制御する「エピジェネティクス」は日常生活において健康を考える上で有用な知識になっています。そういったことを題材に毒性研究者や医師や教育職および福祉など多様な職種の方々で開いた「健エピのつどい」の第14 回目の公開版をお送りします。今回は、堀谷の長寿薬?メトホルミンの紹介でした。
〇長寿薬メトホルミン? 堀谷 幸治
1.メトホルミンとは(メディマグ. 糖尿病 https://dm.medimag.jp/第3回 ビグアナイド薬(BG薬)より)
・ 1918年、エール大学の C. K. ワタナベにより、糖尿病症状を緩和する作用があることが知られていたガレガソウ(フレンチライラック)の抽出物である「グアニジン」に血糖降下作用を報告。グアニジンそのものは毒性が強く、2量体構造をとることで毒性軽減。
・1950年代から糖尿病の治療に使用。 60年以上の使用実績。
1950年代後半になると、グアニジン誘導体である「フェンホルミン」、「ブホルミン」、「メトホルミン」の3つのビグアナイド系薬剤が相次いで開発され、糖尿病治療薬の第一選択薬として広く使用されるが、メトホルミン以外の2剤では乳酸アシドーシスによる死亡例が多発し、使用が制限。1990年代から欧米で見直し、現在はインシュリン抵抗性糖尿病第1選択薬。
・メトホルミンは日本でも糖尿病治療薬として広く使用。有効性があり価格も安い(1錠250mgの薬価は10円未満)
・治療効果+糖尿病予備群の糖尿病発症抑制
2.メトホルミンの血糖降下作用機作(日経メディカル 医学大事典・糖尿病ネットワーク2020年10月16日 【第63回日本糖尿病学会】より)
メトホルミンはビグアナイド薬に分類され、その主な薬理作用機作は、
・肝臓での糖新生抑制作用
・インスリン抵抗性改善による筋肉・脂肪組織での糖取り込み促進作用
・小腸での糖吸収抑制作用
など複数の作用による血糖降下作用。詳しい作用機序がわかってきたのは最近。
・AMPキナーゼ活性化
この酵素は肝臓におけるブドウ糖を合成する糖新生を促し、中性脂肪やコレステロールを合成する経路に関係して、生命活動に必要なエネルギーを作り出すATPを増加させる作用をもつ。肝臓のAMPキナーゼが活性化されると、脂肪がエネルギー源として燃焼されるのが促される。
副作用:メトホルミンは乳酸を増加。乳酸は肝臓で代謝され、通常はバランスが保たれているが、乳酸代謝、肝障害、腎機能障害などの人では乳酸アシドーシスの危険性。
3.メトホルミンの血糖降下以外の作用
・AMPキナーゼはすべての組織に関連し、メトホルミンは全身の代謝の不均衡を軽減。
・AMPキナーゼ活性化⇒がん、心血管疾患、肥満 神経変性疾患の予防
・2型糖尿病(過食運動不足などからインスリンの働きが悪くなり高血糖になる病気)での使用に加えて、メトホルミンは多嚢胞性卵巣症候群 (PCOS) にも処方
AMPK活性化以外の作用
・がん細胞を除去するT細胞を活性化
・ミトコンドリア由来の活性酸素を抑制
4.メトホルミンの抗老化(長寿薬)作用(千葉 卓哉ら オレオサイエンス 第 18 巻第 2 号(2018)より)
Insulin/IGF-1 シグナル経路:活性化 :抑制 ⇐ カロリー制限
→AKT シグナル活性化(細胞増殖)
→ mTOR 経路(細胞増殖、免疫亢進) :抑制 ⇐ AMPキナーゼ活性化:メトホルミン
メトホルミンはAMPキナーゼ活性化から Insulin/IGF-1シグナル経路の下流mTOR 経路を抑制しカロリー制限と同じ効果
5.エピジェネティクスから見たメトホルミン(J. A. Menendez .,2020 より)
メトホルミンには老化の指標となるH3K27などのグローバルなヒストン脱メチル化を再メチル化する効果がみられた(図1)。
老化は
・いろいろな栄養の過不足、疾患などで各臓器・器官で炎症が起きる
・炎症から過剰免疫などが起きてエピジェネティックな制御が破綻して引き起こされる。
・抗老化物質は、抗炎症作用、免疫抑制、細胞増殖抑制などの作用でエピジェネティック
な制御の破綻を抑制(修復)する。
・メトホルミンは直接、間接的、多面的な抗老化作用があり長寿薬の可能性がある。
(いまだに新たな作用が発見されている)
図1:ヒストンH3修飾に対するメトホルミンの効果
(a) マウス胚性線維芽細胞(MEF)を5 mmol/Lメトホルミンで48時間処理。H3K9me1、H3K9me3、H3K27me2、H3K36me3を評価。 (b) メトホルミン処理4T細胞におけるH3K27me3グローバルレベル メトホルミン処理した4T1/4T1 q0およびAMPK WT/AMPK KOの同系統の組の細胞におけるH3K27me3のグローバルレベル
(c)左。代表的な正常若年線維芽細胞(GM00038、9歳)およびウェルナー症候群(WS)線維芽細胞におけるH3K27me3ヒストン修飾の代表的イムノブロット(AG04110、13歳)のH3K27me3ヒストン修飾を示す。 右図 メトホルミン処理した老齢線維芽細胞におけるH3K27me3グローバルレベル(AG09602,92歳)、HPGS線維芽細胞(AG11498、14歳)、およびWS線維芽細胞(AG06300、37歳)において、(a)と同様にH3K27me3のグローバルレベルを決定した。
n.s.有意差なし。p < 0.05, p < 0.001。Studentのt検定
コメント1:メトホルミンとほかの剤を併用して体調が悪くなった例があった。併用における安全性はあまり確認されていないのではないか。
コメント2:卵巣がんでは単剤で有効なものがないが、メトホルミン併用で効果があったという報告がある。メトホルミンの多面な作用が臨床的に応用されている例もある。
コメント3:個体差がある中で糖尿病の判定がHbA1cの値だけで決められてしまうのはいかがなものか。私はHbA1cの値は高いが、ある程度の運動もして健康であると思っている。
コメント4:運動が健康に良いことに異存はないと思うが、メトホルミンはある意味運動の代わりの効果があるとも考えられるのではないか?カロリー制限とカロリー通常で運動量増やした場合とどちらが長寿効果がある?おそらくはカロリー制限と思うが。
以上 2023.1.28