第8回 ゲノムインプリンティング-その1
2021年03月18日
哺乳類では、ほかの動物種とは異なり、メスの卵とオスの精子とが受精してのみ、正常な発生が開始されます。ふつう卵と精子のそれぞれが2つだけが融合して発生が進行すること(単為生殖)は起こりません。これらの場合は発生が停止し、卵だけの発生の卵巣奇形種や、精子だけの場合には胞状奇胎と呼ばれています。この現象は長年の大きな疑問でしたが、これを明確に証明したのはマウスの卵と精子の核移植を行ったSurani(Cambridge大学)の実験結果でした。
哺乳類では、それぞれの一方の親由来のアレル(遺伝子座)からしか発現しない遺伝子群が知られてきました。つまりそれらの遺伝子群はその由来が父経由であるか、母経由であるのかによって、異なったエピジェネティックな修飾を受け、その発現が異なっているのです。これは精子あるいは卵子の形成過程で、それぞれにエピジェネティックな記憶が「刷り込まれている」ためで、この現象はゲノムインプリンティング(GI)と呼ばれています。
この現象の根底には、メスとオスとのせめぎあいがあるようです。すなわちメスのゲノムは妊娠時に胎盤を大きくするように働き、オスのゲノムは胎児を大きくするように働き、それに関連した遺伝子を働かせるものと考えられます。つまり一つの胎仔の発生を巡っても、メスとオスのゲノムの間にはとても大きな闘争があることになります。
GIは、マウスのインスリン様成長因子Ⅱ(IGF2)遺伝子で、メスから伝えられた場合のみでその発現低下が起きることによってはじめて認められました。一方のオスから伝えられたアレルは正常に発現していました。この例をはじめとして、マウスとヒトとで共通した150程度の遺伝子がGIを受けていることが分かってきました。それらの機能は、成長因子、膜表面の受容体、転写因子などさまざまです。それらは細胞の増殖や成長を促進しているのです。また、細胞の増殖を阻害する遺伝子は母方のゲノムから発現する傾向があります。
GIについては、まだまだ興味深い現象が秘められてており、それにともなう疾患も多く知られています。これについては次回に書いてみます。
この稿は「もっとよくわかるエピジェネティクス」(鵜木・佐々木、羊土社、2019)を参照させていただきました。 2021.3.17