第10回「みどり園の活動とエピジェネティクスへの期待」
2022年11月27日
遺伝子そのものではなく、DNAやそのまわりのいろいろな化学修飾によってその働きを制御する「エピジェネティクス」は日常生活において健康を考える上で有用な知識になっています。そういったことを題材に毒性研究者や医師や福祉など多様な職種の方々で開いた健エピのつどい」の第10回目の公開版をお送りします。今回は、障害者施設みどり園の代表理事で「健エピネット」の顧問でもある林和彦氏に「みどり園の活動とエピジェネティクスへの期待」と題するお話でした。
Ⅰ 障害者施設みどり園の活動
(1)事業所の概要
通所型の障害者施設「みどり園」は、平成26年4月に「生活介護」及び「就労継続支援B型」各10名の定員でスタートした。現員は21名、うち自閉症7名、知的障害12名(ダウン症8名)、身体障害、視力障害が各1名である。
(1)支援の目標
①利用者の「自立」(一人でできることの数を増やすこと)の促進と「生活の質(QOL)」の向上を目標にしているが、自閉症、知的障害などの発達障害(定型発達をしていないことによって日常生活に障害が生じている状態)による2次的障害(自傷、他害、破壊行動、パニック)には優先的に対応している。
(2)支援の方法
以下の支援方法をとっている。①現在の福祉システムの基礎をなす「社会福祉基礎構造改革(措置から契約へ)」(1997年~2006年)による利用者主体(職員は支援の補助者)の支援を基本にしたうえ、②一方では、ティーチ・プログム(TEACCH Program)を参考に、利用者に支援の方法をわかり易く伝えるための「構造化」を図るとともに、自閉症者に特有なモノの見方(「自閉症の文化」)を尊重しながら、同時に利用者の個人的評価を重視するよう努めている。③他方、いま一つ「応用行動分析(Applied Behavior Analysis)」の技法を採っている。これは障害者の行動を外部の環境との関係で捉え、環境を変えることによって障害者の行動(特に問題行動)を適切なものに代えていこうという技法である。④さらに外部から専門の先生をお招きして「音楽療法」、「臨床美術」、「習字」を月2回ずつ行っている。利用者の右脳に訴えて「QOL」の向上に努めている。
Ⅱ エピジェネティクス等への期待
上にみた「みどり園」の活動は、障害の根治を目指すものではない。しかし、最近、医療の分野では、遺伝子・細胞のレベルで新しい研究が急速に進んでいる。「福祉の基礎には医療がある」といわれるように、障害福祉の立場からも、以下の事項について、関心と期待がもたれる。
(1)エピジェネティクスの見地からの障害者支援
エピジェネティクス(以下、EG)とは、遺伝子の発現を制御するスイッチが切り替わる(ON/OF)しくみである。このしくみは環境によって変化し、その変化は胎児期に留まらず生まれた後でも起こる。スイッチの切り替わりは、精神的ストレス・母子分離などの悪い環境で変わるが、障害者に興味が湧き共感できる環境によって戻すこともできる(EGの可逆性)。自閉症者に「良い環境」を用意することによって障害の改善を図ることができるとされている(久保田健夫「健エピネット」元代表の講義より)。これは既存の障害支援の方法とは別に、EGの見地からの新たな障害者支援の提案として注目される。今後「良い環境」をどう具体化し提供するかが私たちの課題となる。
(2)自閉症等の発達障害を生み出す環境化学物質への対応
環境化学物質の毒性によってエピジェネティクスに異常が生じ、それが癌や成人病など多くの疾病の原因になっているといわれている。自閉症等の発達障害も、遺伝子自体は正常でも、遺伝子発現の過程で農薬その他環境化学物質への曝露により、脳内の神経回路網をつなぐシナプスに生ずる異常が原因といわれている。今後、予防のためにも、自閉症等の発達障害を引き起こす環境化学物質の名称、閾値等について政策当局による公表が望まれる。
(3) iPS細胞を使って自閉症治療を目指す研究の動向
2007年に山中伸弥教授がヒトiPS細胞を樹立して15年になる。この間、ヒトiPS細胞を使った研究は予想外の速さで進んでいる。研究の方向は、一つはiPS細胞を使った細胞治療・再生医療であり、もう一つは、iPS細胞を疾患の病態解明や創薬スクリーニングのために使うことだとされる。いまのところiPS細胞を通常の医療に活用した例はないとされるが、iPS細胞を使った研究は、今後、厳しい競争を伴って一段と進展するものとみられる。
自閉症に関する最近の研究には、自閉症由来のiPS細胞を神経幹細胞(NSC)に誘導し、それを大脳皮質神経細胞に分化させていく過程で、遺伝子の発現が、正常の場合と自閉症の場合とで、神経分化にどんな違いがあるかを調べたものがある。この研究は、NSCから分化細胞への過程で自閉症の異常が急増することを明らかにし、次いでこの異常分化の前後で染色体を調べ、自閉症でみられた異常の多くが遺伝子の使い方の変化(エピジェネティックな変化)によることを明らかにし、さらに、自閉症の異常がNSCから現れるとすると、NSCをスキップして自閉症iPSから直接分化神経細胞を誘導すれば自閉症型の細胞変化は起こらないはずだと考え、この誘導を行ったところ、iPSから直接誘導した神経細胞に自閉症の異常はみられなかったという(アメリカ・ソーク研究所;ネイチャー・ユ-ロサイエンス22:243,2019;ASSJ「自閉症の科学57」2022.6.19より)。
一方、人ES/iPS細胞から3次元の大脳細胞(オルガノイド)を誘導し、そこから神経ネットワーク形成のために組織の分散培養を行い、得られた複雑な神経活動データを解析することに成功したとの報告もある。これは「統合失調症や気分障害、自閉症などの精神神経疾患モデルの構築に寄与する」といわれる(京都大学iPS細胞研究所、2019.6.28、CiRAニュース)。
これらの例だけでも、iPSを使った自閉症の再生医療や創薬を目指す研究の可能性をうかがうことができる。
(4)自閉症者への間葉系骨髄幹細胞の神経細胞への移植治療
自閉症者の骨髄細胞から採取した幹細胞(自分と同じ細胞及び別の細胞に分化する能力のある細胞)を採取し、これを培養したうえ点滴で静脈注射して自閉症治療を日本で初めて行う民間医療機関が登場したようだ。この移植治療によって脳の神経細胞の増加、幹細胞の免疫調整・抗炎症効果のほか、脳の血流改善が期待され、さらに自閉症に特有ないくつかの症状の改善がみられるという(パジル・タカヒロ『いちばんやさしい幹細胞治療ハンドブック』(2022)彩図社。
(文責:林和彦顧問)
質問:音楽療法、臨床美術療法の効果は?
答え:自分も参加したりしているが、やってみて楽しい。利用者も同じように表情が明るくなり、集団行動が苦手な子もその場ではできるようになって来ている。
コメント:前回もコメントしたが、それまで全く自信がなく内向性だった障害児が、クラス委員になったり、音楽的才能が開花して、音楽家になったりもしている。音楽療法は大変効果があると思う。
コメント:発達障害には聴覚過敏などもあるが、草間弥生さんのように美術的な表現をすることで克服したり、才能を開花することができることもある。臨床美術療法も大変よいと思う。
コメント:今、香害問題に取り組んでいるが、嗅覚刺激がよい場合もあるではないか。
コメント:私もiPS細胞を使った研究をしていて、紹介していただいた研究には大いに興味をそそられた。私ももう一度現在の発達障害とエピジェネティクスの動向について調べてみたいと思います。
以上