第12回「エピジェネティック毒性学入門」その1

2023年01月15日

遺伝子そのものではなく、DNAやそのまわりのいろいろな化学修飾によってその働きを制御する「エピジェネティクス」は日常生活において健康を考える上で有用な知識になっています。そういったことを題材に毒性研究者や医師や教育職および福祉など多様な職種の方々で開いた「健エピのつどい」の第13 回目の公開版をお送りします。今回は、市民運動活動で活躍されている方々にも新たに食わっていただき、澁谷代表代行による「エピジェネティック毒性学入門」の講演でした。

遺伝子の構造:複製・修復・突然変異

  人では約37兆個の細胞からできており、そのぞれの細胞の核に23対46本の染色体が入っていて、染色体では巻き付くようにDNAの「二重らせん」がヒストンというタンパクによって折り畳まれていて、遺伝子は4種の塩基DNAからなる配列として保存されている。

組織や臓器などが発生分化したり、入れ替わったりする際には、細胞分裂、染色体の分裂複製、遺伝子複製が正確に行われる。しかし、わずかに自然の誤りも起きたり、さらには放射線、化学物質、ストレスなどの環境要因によってDNAの損傷が起こるため、それを修復する仕組みを備えている。それでも修復ができない場合でも多くは細胞死などで排除されるが、ごくまれに「突然変異」として固定される。「突然変異」には自然突然変異と誘発突然変異があり、誘発突然変異は環境因子の量によって増加する。

遺伝子の発現・エピジェネティクス

生物はその遺伝情報からタンパク質を、必要な時に必要な量だけ合成する仕組みを持っている。

これを「エピジェネティクス」といい多細胞生物が進化の過程で獲得した特性である。

 

化学物質の毒性学

     ⇔それらの 結果からヒトでの毒性を推定する(外挿)することになる。

   ヒトでの使用頻度を考えて投与時期や投与回数を変えて実施する。

  当該世代だけではなく、胎児期や将来世代も考えた毒性学の実施が必要である。

 

(公益財団法人 環境科学技術研究所 2012年成果報告会 

低線量率放射線の生物への影響(田中公夫)より)

エピジェネティクスと 毒性学

 

・発がんはこれまで、化学物質の「変異原性」のみが考慮されてきたが、現在ではこれにエピジェネティクスが組み合わされた現象だと考えられている。
・エピジェネティクスは元来「発生現象」を説明するためのものであった。

「奇形誘発物質」の多くはヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤である(エピジェネティック制御作用を阻害するもの)。
・これまでの毒性学では、「体細胞」に関心が向けられ「生殖細胞」は軽視されてきたが、環境エピジェネティクスでは「継世代問題」問題が重視されている。
・免疫においては、抗体産生に伴って遺伝子構造が変化するのでエピジェネティクスの例外であるようだが、この過程でもさまざまなエピ変化を伴っている。
・老化も毒性学の大きな部分であるが、老化にともなうさまざまな生物学的事象はエピジェネティクスで説明可能である。
・これからの毒性学はエピジェネティクスの概念を取り込むことによって、さらに発展するものと考えられる。

 

環境エピジェネティクス による経世代影響
Transgenerational Epigenetic Inheritance :TEI

 

コメント1:水俣病の原因、物質メチル水銀などは、閾値はないと唱えられている。また、内分泌かく乱物質などでは毒性効果が逆U字曲線のモデルが提唱されている。

コメント2:放射線などではラドン温泉が体に良いというようにホルミシス効果が報告さ れているが、これは長い歴史の中で獲得した適応反応であると考えている。一方、メチル水銀などヒトが新規に暴露されているものはそういったことが起こりにくいかもしれない。

コメント3:逆U字の一つの原因は暴露細胞でアポトーシスなどにより細胞死が起こり、影響を受けた細胞の淘汰などがあるかもしれない。

質問1:妊娠暴露では継世代影響は4世代目で実証されるが、それ以外の暴露では3世代目で実証となるのではないか?

回答 :確かに、男性や女性への非妊娠期暴露では3世代目では継世代エピジェネティック遺伝(TEI)といえる。しかし、ダイオキシンなどのように極低濃度でも、妊娠期に次世代に母体から移行している可能性があれば(妊娠前に暴露した場合でも妊娠期にまで残存していれば)やはり、3世代目まで母体からの影響が出る可能性があることを考慮する必要がある。

質問2:内分泌かく乱物質が継世代エピジェネティック遺伝(TEI)を起こしやすい理由は?

回答;経験的に内分泌かく乱物質に多いことから、ほかに調べられている化学物質が少ないことが一つ。もう一つはAhR (ダイオキシン受容体)と結びつくものが多く、AhRの活性化がTEIを引き起こす経路となっている可能性がある。

質問3:よく遺伝学の進歩という言い方をして、エピジェネティクスの進歩という言い方をしない。エピジェネティクスは遺伝学にふくまれるということか?

回答:広い意味で遺伝学のなかにエピジェネティクスが含まれることでよいと思う。狭い意味では受精までがジェネティクス(遺伝学)、受精後の発生、発達はすべてエピジェネティクス。

質問4:毒性モデルとして、iPS細胞をからヒトの各臓器や組織と同等のものを使った毒性試験があるのではないか?

回答:確かに、毒性試験の分野でもエピジェネティクスを取り入れた技術の進歩がある。

iPS細胞技術を用いたオルガノイドなどあり、その場合倫理的問題もクリアされている。ただ、まだその結果の外挿などに関してはまだ完全に確かめられているわけではないと思う。

                               以上

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