第12回 「胎盤―その2」

2021年07月21日

 哺乳類の胎盤形成については、1980年代のはじめに、マウス受精卵の6番染色体にはゲノムインプリント(GI)されている遺伝子があり、その両方を母方由来の染色体に置き換えると、その胚は成長

しないで致死になることを石野敏史(東京医歯大)が発見した。石野はさらに2003年に、父親性発現インプリント遺伝子であるPEG10を発見した。そして、胎盤を持っている生物種はPEG10遺伝子を持っており、胎盤のない単孔類、鳥類、魚類などの卵生生物は、この遺伝子を持っていないことを確認した。

さらに真獣類に、これとは別の父親性に発現するインプリント遺伝子PEG11も発見した。それらのアミノ酸配列を解析して、これらがトランスポゾンという外来性の遺伝子配列に由来することを解明した。石野は「PEG10遺伝子のもとになったトランスポゾンはレトロウィルスの感染に由来するもの」だとの仮説を立てている。

その仮説は1億6600万年より前に、卵生生物に何らかのレトロウィルスが感染し、そのウィルスの遺伝情報の一部が、寄生した細胞のDNA内に組み込まれた。そして、そのDNA配列は生殖細胞(卵子と精子)を介して次世代に伝わっていった。世代を経るうちにそのDNA配列に突然変異が蓄積し、PEG10遺伝子へと変化した。そして、PEG10 遺伝子は、卵黄嚢や尿膜に接着性に富んだ絨毛細胞を作り出す働きを持つようになった。そして、卵黄嚢や尿膜は絨毛細胞を介して母体の内部にへばりつくようになり、それが胎盤へと発達したというものである。それと同様にPEG11遺伝子をも獲得した生物も現れ、より発達した胎盤を形成できるようになり、これが「真獣類」となった。ちなみにGI現象は、胎盤を持っている有袋類と真獣類だけに見られている。

レトロウィルスの感染に由来すると思われるDNA配列はさまざまな生物のゲノムのあちこちに残されている。ウィルスは今でも生物のゲノムに入り込もうとしているのである。実際、2000年以降にコアラで感染が拡大しているコアラウィルスの一部は、すでにコアラのゲノムに組込まれていることが確認されている。ゲノムに入り込んだDNA配列の一部は、その後さまざまな変異を重ねて、偶然に感染した生物の役に立つタンパク質を作り出すことがあり、その生物の遺伝子として保存されることがあるのです。

今世界中に猛威をふるっているコロナウィルスとの戦いも長い目で見れば、生物の歴史のほんの一部の出来事に過ぎないようです。ヒトを含めた生物のゲノムには、これらウィルスとの

長い歴史が刻み込まれているのです。ウィルスと生物との闘争の歴史はそれほど簡単なものではないようです。

 

この章はニュートン2012年6月号「胎盤のミステリー」西村尚子著・阿久津秀憲・石野史敏・梶原一紘協力を参考にしました。

                                     2021.7.21

 

コメントを残す

承認させていただいたコメントのみを数日以内に掲載します。

CAPTCHA