第5回 エピジェネティクスとは:つづき

2020年12月10日

地球上の生物は長い進化の過程で、さまざまに過酷な地球環境を経験しながら競争を生き抜き、進化を遂げてきました。さまざまな生物に書き込まれた遺伝子の情報が、そのことを物語っています。たとえば、近年の新型コロナウィルスを考えてみても、ヒトのゲノム(遺伝子の総和)には、多くのウィルスの遺伝子が存在しているのです。このことは、生命の発生からヒトに進化するまでの約38億年の間に、さまざまなウィルスと戦ってきて勝ち残ってきた証拠です。

さらに、驚くべきことは、哺乳類の胎盤は、これらのウィルスの遺伝子を素材にして作られたとさえ言われています。哺乳類は胎盤によって、胎児を外敵から保護することが出来ました。哺乳類は恐竜が絶滅した後の地球を支配し、最後にはヒトが出現し、現在の地球上で栄華を誇っているのです。ヒトとウィルスは本来敵対するものではなく、長い年月にわたって共存してきていると言えるのです。

ヒトを始めあらゆる生物は、生体内外からのさまざまな環境からの影響を受けて、その生物が持っている遺伝子の働きを時間・空間的に厳密に制御して、個体の発生や高度な生命機能を維持しています。健康な状態では、EGは正しく働いていますが、外界からのさまざまな環境の働きかけによって、遺伝子の発現が乱されて、種々の病気になる場合があります。がん、代謝疾患、精神・神経疾患などがよく知られています。外部からの環境因子には、さまざまな薬品、化学物質、放射線、気候変動などが考えられています。さらに、最近、栄養の過不足や、親からの養育条件によっても、EGが容易に変動することが認められつつあります。

また、EGの変動は、成人に比べて生殖細胞形成期や胎児期で容易に起きることは、 「EGの風景」からも明らかでしょう。最近、生物の祖先世代における環境の影響によって、後世代にEGの変化が伝達され、その環境にさらされていない世代においても、その影響がみられることが分かってきました。この現象はヒトでも認められつつあり、その結果さまざまな病気が起きることが考えられています。この現象は、これまでの生物学や毒性学の常識を覆すもので、生物学の大きな知識の転換となりえます。この現象は「EG継世代遺伝:ETI」と呼ばれており、今後臨床医学においても重大な問題となるものと思われます。これも、この「健康エピジェネティクスネットワーク」の取り扱う問題の一つです。                

第5回 エピジェネティクスとは:つづき」 に2件のコメント

  1. 宮下 より:

    ヒトのゲノム(遺伝子の総和)には、多くのウィルスの遺伝子が影響しているということですが、新型コロナウイルスが今後人類に与える影響はどのようなものか気になります。ワクチンについても先生のお考えなどお聞かせいただければ幸いです。

    • 澁谷 徹 より:

      宮下様
      ご質問ありがとうございました。ご返事が遅れて申し訳ありません。ヒトのゲノムにはさまざまなウィルスの痕跡などが残されています。これはこれまでに長い進化の過程で、生物がウィルスと戦ってきた名残りです。今回の新型コロナウィルスの場合は、RNA逆転写酵素を持っていないということですから、感染してもヒゲノムに取り込まれることはないようです。
       今回の新型コロナウィルスはなかなかの難敵で、時間はかかるでしょうが、いずれ制圧できるものと思います。ワクチンについては、世界中でさまざまなタイプのものが作成中で、出来てもその有効性と毒性とを検証する必要がありますが、必ず有効なものが出来るものと思います。

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