エピジェネティクスの散歩道〜第3回 はじめに その3〜

2020年10月26日

遺伝子と環境との相互作用

 このように遺伝子がおのおののタンパク質を作り出し、個体の生命を維持していることは分かりましたが、大事なことは、遺伝子はいつも働いていて、タンパク質を作っているわけではないのです。むしろ特殊な機能を持つことになった細胞(分化した細胞)では、特定の少数のタンパク質だけを必要としている場合が多く、他のほとんどの遺伝子は休んでいるのです。また生物の発生過程では、多数の遺伝子を動員して、さまざまなタンパク質をそれぞれの発生時期に正確な量を合成しています。それを用いて、一個の完成された個体が作られてゆくのです。そのために、多数の遺伝子が働いたり、休んだりしているのです。

 1953年のワトソンとクリックのDNA構造の発見以来、遺伝学の主流は、は分子遺伝学となり、遺伝現象に関係するタンパク質やそれを合成する遺伝子の構造について、分子レベルで解明する研究が主流となりました。しかし、遺伝学において大事なことは、遺伝子は常に働いているのではなく、「遺伝子の“オン・オフ”」によって、成体においてはその個体の生命が維持され、また個体の発生が進められていくのです。この「オン・オフ」の仕組みを司っているのが、「エピジェネティクス」なのです。楽譜にたとえれば、遺伝子は音符で、エピジェネティクスは、それをとりまく強弱や停止記号などのさまざまな記号です。これらが合わされて演奏され、初めて音楽として聞くことが出来るのです。

 私たちが健康で、日常生活をしているのは、この「エピジェネティクス」が正しく働いているからなのです。そして、それがヒトを取り巻くさまざまな環境によって乱されれば、さまざまな病気になるのです。つまり、我々の「健康と病気」とのカギを握っているのは「エピジェネティクス」だと言っても過言ではありません。突然変異などで受け継がれてきた遺伝子も、それを働かなくすれば、そのヒトは健康に暮らしてゆけることが出来ます。ヒトは遺伝子によって決められているのではなく、食品や薬品などのさまざまな外部の環境からの影響によって、遺伝子の発現は変化するのです。ヒトの健康と病気は、遺伝子と環境との相互作用によって決まる場合が多く、そのためには「エピジェネティクス」が大変重要な役割をしているのです。

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